Classiques japonais avec furigana
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たまものまえ
玉藻の前
岡本 綺堂
Lisez 玉藻の前 (たまものまえ) de 岡本 綺堂 (おかもときどう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 130 703 caractères · 261 écrans
彼はよんどころなしに壇を降りると、その白い影につづいて、青も赤も黄も黒もだんだんに退いて、五つ衣に唐衣を着た美しい女が入れ代って壇上のあるじとなった。彼女は顋で差し招くと、供の侍は麻の幣をかけた榊の枝を白木の三宝に乗せて、うやうやしく捧げ出して来た。玉藻はしずかにその枝を把って、眼をとじて祈り始めた。
泰親は灼けた小石にひざまずいて、息をのんで彼女の祈祷を見つめていた。頼長も手に汗を握って窺っていた。玉藻がなんの悩める体もなしに、調伏の壇へ易やすと踏みのぼったということが、すでに泰親の敗北を意味しているのであった。この上に万一彼女が祈祷の奇特があらわれて、ひと粒の雨でも落ちたが最後、泰親は彼女の前にひざまずいてその罪を詫びなければなるまい。頼長も信西も気が気でなかった。
未の刻(午後二時)をすこし過ぎた頃、比叡の頂上に蹴鞠ほどの小さい黒雲が浮かび出した。と思う間もなしに、それが幔幕のようにだんだん大きく拡がって、白い大空が鼠色に濁ってきた。まぶしい日の光りが吹き消されたように暗くなった。
「わあ、天狗じゃ」
岸の上では群衆が俄にどよめいた。天狗か何か知らないが、化鳥がつばさを張ったようなひとむらの黒雲が今度は男山の方から湧き出して、飛んでゆくように日の前を掠めて通ったのである。