Classici giapponesi con furigana
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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
Leggi 故郷七十年 (こきょうしちじゅうねん) di 柳田 国男 (やなぎたくにお) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 257.350 caratteri · 507 schermate
しませば民草のかかる嘆きも知ろしめすらし」と吟じた。一座はしいんとなったが、私としては、実はそれが目的だったのである。畏れ多い話であるが、私どもは東京にいるから、大正天皇さまがこういうことはまるで御承知ないことをよく知っている。それで詠みあげたものであった。私も若くて、意気軒昂としていたのであろう。
台湾では、そのころ下村君の秘書官をしていた石井光次郎君にも、いろいろ世話になった。またちょうどその時、広東領事をしていた太田喜平夫妻(安東総督の娘夫婦)が台北へ来ていたので、三人一緒に厦門に行き、同じ船で汕頭に寄り、そこから潮州へ遊びに往復し、それから香港に出て、広東の日本領事館に泊めてもらって、あの辺を見物した。
第一次大戦の折だったので汽船がなかなかない。滞在が長くなり、その間に川舟で珠江をさかのぼって三水という所に行き、それから更にさかのぼって広西に近い方まで行ってきた。幸い三井の人でよく言葉のわかる人が同行してくれたので、いろいろきくことが出来た。湖南省からの汽車はまだ韶関(韶州)までしか来ていなかったので、私は川舟でそこまで行ってみた。
この時の川舟の旅行は非常に強く印象に残り、後年、家船などの水上生活者をしらべるようになったのも、この時の川舟旅行が動機になった。