Classici giapponesi con furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Leggi 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) di Mori Ōgai (森 鴎外) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 166.525 caratteri · 334 schermate
その五十七
さて抽斎の此の如き見解は、全く師市野迷庵の教に本づいている。
その五十七
迷庵の考証学が奈何なるものかということは、『読書指南』について見るべきである。しかしその要旨は自序一篇に尽されている。迷庵はこういった。「孔子は堯舜三代の道を述べて、其流義を立て給へり。堯舜より以下を取れるは、其事の明に伝はれる所なればなり。されども春秋の比にいたりて、世変り時遷りて、其道一向に用ゐられず。孔子も遣つては見給へども、遂に行かず。終に魯に還り、六経を修めて後世に伝へらる。これその堯舜三代の道を認めたまふゆゑなり。儒者は孔子をまもりて其経を修むるものなり。故に儒者の道を学ばむと思はゞ、先づ文字を精出して覚ゆるがよし。次に九経をよく読むべし。漢儒の注解はみな古より伝受あり。自分の臆説をまじへず。故に伝来を守るが儒者第一の仕事なり。(中略)宋の時程頤、朱熹等己が学を建てしより、近来伊藤源佐、荻生惣右衛門などと云ふやから、みな己の学を学とし、是非を争ひてやまず。世の儒者みな真闇になりてわからず。余も亦少かりしより此事を学びしが、迷ひてわからざりし。ふと解する所あり。学令の旨にしたがひて、それ/″\の古書をよむがよしと思へり」