Classici giapponesi con furigana
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Leggi 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) di Mori Ōgai (森 鴎外) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 166.525 caratteri · 334 schermate
その百八
五百は里方のために謀って、労少くして功多きことを得るであろう。かつ兄の当然持っておるべき身代を、妹として譲り受けるということは望ましい事ではない。そうして置いては、兄の隠居が何事をしようと、これに喙を容れることが出来ぬであろう。永久に兄を徳として、その為すがままに任せていなくてはなるまい。五百は此の如き地位に身を置くことを欲せぬのである。五百は潔くこの家を去って渋江氏に適き、しかもその渋江氏の力を藉りて、この家の上に監督を加えようとするのである。
貞白は直に抽斎を訪うて五百の願を告げ、自分も詞を添えて抽斎を説き動した。五百の婚嫁は此の如くにして成就したのである。
その百八
保はこの年六月に『横浜毎日新聞』の編輯員になった。これまではその社とただ寄稿者としての連繋のみを有していたのであった。当時の社長は沼間守一、主筆は島田三郎、会計係は波多野伝三郎という顔触で、編輯員には肥塚龍、青木匡、丸山名政、荒井泰治の人々がいた。また矢野次郎、角田真平、高梨哲四郎、大岡育造の人々は社友であった。次で八月に保は攻玉社の教員を罷めた。九月一日には家を芝桜川町十八番地に移した。