Classici giapponesi con furigana
ja-reading.com
Leggi i classici giapponesi online con furigana. Filtra per livello JLPT, tocca una parola per il significato e traduci una frase.
しぶえちゅうさい
渋江抽斎
Leggi 渋江抽斎 (しぶえちゅうさい) di Mori Ōgai (森 鴎外) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 166.525 caratteri · 334 schermate
この年十月十八日に成善が筆札の師小島成斎が六十七歳で歿した。成斎は朝生徒に習字を教えて、次で阿部家の館に出仕し、午時公退して酒を飲み劇を談ずることを例としていた。阿部家では抽斎の歿するに先だつこと一年、安政四年六月十七日に老中の職におった伊勢守正弘が世を去って、越えて八月に伊予守正教が家督相続をした。成善が従学してからは、成斎は始終正教に侍していたのである。後に至って成善は朝の課業の喧擾を避け、午後に訪うて単独に教を受けた。そこで成斎の観劇談を聴くことしばしばであった。成斎は卒中で死んだ。正弘の老中たりし時、成斎は用人格に擢でられ、公用人服部九十郎と名を斉うしていたが、二人皆同病によって命を隕した。成斎には二子三女があって、長男生輒は早世し、次男信之が家を継いだ。通称は俊治である。俊治の子は鎰之助、鎰之助の養嗣子は、今本郷区駒込動坂町にいる昌吉さんである。高足の一人小此木辰太郎は、明治九年に工務省雇になり、十八年内閣属に転じ、十九年十二月一日から二十七年三月二十九日まで職を学習院に奉じて、生徒に筆札を授けていたが、明治二十八年一月に歿した。
成善がこの頃母五百と倶に浅草永住町の覚音寺に詣でたことがある。