후리가나로 읽는 일본 고전
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だらくろん(ぞくだらくろん)
堕落論・日本文化私観 他二十二篇
坂口 安吾의 堕落論・日本文化私観 他二十二篇(だらくろん(ぞくだらくろん))을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 84,198자 · 171화면
小説は(芸術は)自我の発見だという。自我の創造だという。作家が自分というものを知ってしまえば、作品はそれによって限定され、定められた通路しか通れなくなる。然し本当の小説というものは、それを書き終るときに常に一つの自我を創造し、自我を発見すべきものだ、と、これは文学技師アンドレ・ジッド氏の御意見だ。ちなみにジッド氏は文学に通暁し、あらゆる技法を心得、縦横に知識を用い、術をつくし、ある時は型を破って、小説をつくる技師であるが、本当の小説家だとは私は思っていない。ジッド氏が自身の小説に於いて、自我を創造、発見したか、私は疑問に思っている。
わが教祖、小林氏も芸術は自我の創造発見だと言うのである。紙に向った時には何もない。書くことによって、創造され、見出されて行くものだ、と言うのだ。私も大いに賛成である。
然し、紙に向って何もないということは自分に就いて何も知らないということではない。ある限度までは知っている。自分というものをある限度まで知悉しない人間が、小説を書ける筈のものではない。一応自分というもの、又、人間というものに通じていなくて、小説の書けるわけはないのだ。