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ノア

ノア

久生 十蘭

「富士」1950(昭和25)年2月号~4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,285 字 · 153 页

青空文庫

牧田は山内の枕元で、胡坐をかいているのにも飽きたとみえ、よく上の船室へ出かけて行き、夜、酒気を帯びて帰ってくるようになった。

「牧田君、上に面白いことがあるとみえるね」

「べつに面白いことはありませんが、変ったやつがいるので、からかいに行くんです。どうです。あなたも行ってみませんか」

と逆に山内を誘った。

牧田に連れられて上のタンデム・キャビンへ行くと、中、少尉の七人組と浜田大尉がさかんにビールを飲んでいた。

中、少尉は、階級章もつけず、新品の被服と私物らしいワイシャツを着こみ、コードバンの長靴を光らせ、銃のことを鉄砲、帯剣をサーベル、軍衣袴を洋服といい、少尉は中尉を旦那、中尉は少尉を何々君と呼ぶといった砕けかたで、陸軍の将校の感覚はまったくなかった。

「森下君、お客さんが見えたから、ボーイにいうてな、ビールを二打ばかり冷やさせてくれんか」

高桑中尉がいうと、二十二三の若い少尉が、

「へい、よろしおま」

と軽く受けて立って行った。

つづいて、一二度出かけたが、インドネシアの兵補に風呂の世話から食事の給仕までさせ、正午近く、宿酔でフラフラしながら食堂へ行くと、毎食、七皿ぐらいの皿数を並べさせて白米の残飯をむやみにこしらえ、残肴は惜し気もなく海へ捨てさせる。