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いちしょうにんとして

一商人として

相馬 愛蔵

――所信と体験――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 114,895 字 · 222 页

青空文庫

おまきさん

そのうちに頭を膝まで下げ、低くてききとれないような声でこういいました。『国へ手紙を出そうとすると切手を買うお金がなかったので、悪いとは思いながら店の売上げから十銭無断で使いました。まことに申し訳ありません、お許し下さい』そして畳に頭をこすりつけて詫び入るのでした。

これを聞いた私たちは叱るどころか、正直なその告白に非常に感激してしまって、『浅野さんよく言ってくれました、こういうことを行らせた私たちこそ済まないのです』と言って後は言葉が出ず、三人は心の清々しさと嬉しさで胸がいっぱいになり、ともに涙に咽びました。浅野さんのこの時の清らかな懺悔は永久に天国の記録に残るでしょう。

その後こういう美しいものにめぐり合わないのは何となく淋しく感じます。店員の数が増加するに従い、昔のような家族的なあたたかみの内に団欒する機会が失われ、予期しなかった冷たい規則を用いて警戒しなければならないようになったことは、ほんとうに困ったことであります。

おまきさん

大正四、五年頃中村屋に務めていたおまきさんは、なかなかのしっかり者でした。

印度革命首領ラス・ビハリ・ボース氏に退去命令が下って、一時中村屋の一室に憂愁の幾月かを送らねばならなかったことは、主人や私の書いたものであなた方も知っているでしょう。