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いちしょうにんとして

一商人として

相馬 愛蔵

――所信と体験――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 114,895 字 · 222 页

青空文庫

パン屋を開く

俊子は両親の許に残し、乳飲子の安雄をつれ、喘息で困難な妻を心配しながら、徒歩で十里の山道を越えて上田駅に向かった。時は明治三十四年九月のことである。

東京に着くと妻は活気をとり戻し、病気も拭われたように癒えた。この上京を機会として我々は東京永住の覚悟を定め、郷里の仕送りを仰がずに最初から独立独歩、全く新たに生活を築くことを誓い、勤めぎらいな私であるから、では商売をしようということになったのである。

パン屋を開く

さて商売をするとはきめたが、商いどころか、日々入用のものを買うことすら知らぬ我々である。何商売をすればよいものか、軽々しく着手すれば失敗に終るにきまっていた。これは素人の弱味ということに充分の自覚を持ってかからねばならぬと思われた。そう考えると、昔からある商売では、玄人の中へ素人が入るのだから、とうてい肩をならべて行かれそうもない。むしろ冒険のようには見えても、西洋にあって日本にまだない商売か、あるいは近年ようやく行われては来たが、まだ新しくて誰が行ってもまず同じこと、素人玄人の開きの少ないという性質のものを選ぶのが、まだしもよさそうであった。