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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
だが、グラス持つ手は、彼の悲壮な痩我慢を裏切って、みじめにも打震え、中の液体がボトボトと卓上にあふれ出た。
三谷青年は、彼自身今飲みほした液体におびえ切ていたので、岡田の苦悶を眺めながらも、悪い籤を抽当てたのは岡田の方であることを少しも気附かぬらしく、相手も彼と同じく、ただ、二つに一つの悪運におびえているのだと思い込んでいる様子だった。
岡田は度々勢いこめてグラスを口の側まで持って行くのだが、いつも唇の前一寸の所でピタリと止まってしまった。まるで目に見えぬ手が邪魔をしている様だ。
「アア、残酷だ」
三谷青年は顔をそむけて、思わず呟いた。
その呟きが相手の敵愾心を激発した。岡田は苦悶の顔色すさまじく、最後の気力を奮って、遂に、劇薬のコップを唇につけた。
と、その刹那「アッ」という叫び声。カチャンとガラスの破れる音。ワイングラスは岡田の手を辷り落て、縁側の板にぶつかり、粉々に破れてしまったのだ。
「何をするんだ」
岡田が激怒に息をはずませて叫んだ。
「イヤ、つい粗相をしました。勘弁して下さい」
三谷が、いい知れぬ誇りに目の縁を赤くしていった。何が粗相なものか、彼は故意に相手のグラスを叩き落としたのだ。