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よるのこうず

夜の構図

織田 作之助

「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页

青空文庫

色気をつけるためと言った通り、全体の劇の進行と何の関係もない浅薄なラヴシーンであった。作者に断りもなしに、そんな幕がつけ加えられたのは、これは明らかに作者への侮辱だ。

信吉はそう思うと、バタンと椅子をはねかえして立ち上った。

その音に奥役はびっくりして、信吉を見上げた。その顔に向って信吉は、

「この場面は取っていただきます。でなきゃ、上演は取りやめていただきます」

という言葉を投げつけようとした。

ここで奥役を怒らせてしまえば、折角のチャンスを逃がしてしまうかも知れないが、侮辱されて黙っているくらいなら、チャンスを逃がした方がましだ。劇作家としての運命よりももっと大事なものは自尊心だ。

しかし、信吉は怒りっぽいが、元来弱気であった。都会人の気の弱さが身にしみついていた。

「この場面は……」

と言いかけて、ふと眼を外した。

途端に、楽屋着の派手な浴衣を着けたまま、客席に坐っている女優の視線とぶっ突かった。

江口冴子、大部屋だが、さっき紹介された女優達の中で一番印象に残っていた。主役の女優よりも溌剌とした魅力があり、何よりも睫毛が長い。信吉の好みだ。それに紹介された時、眼と眼とが瞬間にらみ合ったのはこの女優だけだった。