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あくまのもんしょう
悪魔の紋章
江戸川 乱歩
「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,280 字 · 301 页
だが、恐らくは今の間に逃げ失せてしまったのであろう。そこには一むらの南天が黒く押黙っているばかりで、人らしい物の影はなかった。
しかし、人の姿は見えなかったけれど、それよりももっと妙なものが、忽ち川手氏の注意を惹いた。というのは、その廊下の斜向うに、鈎の手になった建物の大きな白壁が、夜目にも薄白く、目を圧するように浮上っているのだが、その白壁の表面にボーッと白く燐のような光がさしていたのである。
オヤ、何だろう。ギョッとして、よく見直すと、壁を塗り直した痕ではない。たしかに何かの光である。直径二間にもあまる巨大な円を描いて、その部分だけが映画のように浮き上っている。
だが、怪異はそれだけではなかった。じっと見ていると、その丸い光のなかに、何かしら、無数の蛇でも這っているような、妙な黒い模様が、朦朧と見えて来るのだ。何百何千とも知れぬ蛇だ。イヤ、蛇ではない。何だか、えたいの知れぬ模様だ。どこかで見たような模様だぞ。どこで見たのかしら……。あまりに大きすぎてよく分からぬが…………
川手氏はその巨大な模様めいたものを見つめているうちに、心臓の鼓動がピッタリと止まってしまうほどの、はげしい驚きにうたれた。