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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

02 第二分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页

青空文庫

れて、

(もはや義元も大人に成り申したれば、治国の政についても、軍議の方策についても、構えてお案じ下さるまい。長老には、余生を充分に楽しまれて、専ら道風の御宣布に心をおそそぎあるがよい)

などと閑話の折など口に洩らして、かえって近頃は、雪斎の介入を、敬遠するような風も見えないではなかった。

しかし、雪斎から見ると、

(困ったもの)

と、幼児を見るような憂いが、今になっても、去らないのであった。

ちょうど、義元の眼から子の氏真を見るように――雪斎から義元をながめると、

(危うい哉)

と、思わずにいられないのであったらしい。義元が、近頃は、自分の多病に事よせて、自分を煙たく思っていると分っていながら、彼は努めて、政治向きにも軍議にも、老骨を運んで来た。

わけて、この春頃から、もう十度にもわたる橘の坪の会議には、病中でも、欠席したことがなかった。

ここの座で、

(やるか? 未だか?)

の二つに一つが決定されることこそ、今川家の浮沈に関する重大事であるからだった。

虫しぐれにつつまれて、いと密やかな裡に、天下一変の大評議は、行われていた。

外の虫の音が、ぱたとやむ時は、警戒の素槍をさげた士の組が、橘の坪の垣外を、ひたひたと通って行く時だった。