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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

02 第二分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页

青空文庫

鳴海変

「若気だ! ……。斬った後ですぐそう思ったが、間にあわぬ。性分というものは、抑えていても、無意識に出てしまう。――いや愚痴はよそう。おさらば」

「もう行くのか」

「猿、……寧子をたのむよ。やはりわしには縁がなかった。……可愛がってやってくれよ」

×      ×      ×

その頃――

清洲の城下から鳴海街道のほうへ向って、一頭の悍馬が、闇を衝いて駈けていた。重傷を負ったまま、山淵右近は、その鞍の上にしがみついていた。

鳴海変

鳴海まで、八、九里はあろう。右近を乗せた駒はよく駈けた。

夜なので、人目もなかったが、昼だったら、駒の駈けた後に、滴々と血のこぼれを往来の人は見たであろう。

右近の傷口は、かなり深傷であった。ただ致命を外れてはいた。しかし彼は、

「鳴海城までは――」

と、駒の脚と、わが生命の終りと、どっちが早いかを、夢中に怖れ通しながら、鬣にしがみついていた。

清洲の城内で、前田犬千代にふいに斬りつけられた時、犬千代が、

――奸賊ッ!

と、呶鳴って自分へ飛びかかって来たように覚えている。その奸賊といわれた刹那の声が、彼の頭のしんに、釘を打ちこまれたように消えなかった。