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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
02 第二分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页
「畏まりました」
さいは心の利く女であったので、信長の身近な用事は、平常もさいが心をくばっていた。
さいは、信長の心をよく知っていた。さてはと思ったのみで、仰々しく立ち騒ぎもしなかった。脇部屋に手枕のまま寝ていた小姓の佐脇藤八郎をゆり起して、宿直の者へ馬の用意を伝え、自分はその間に早くも湯漬の膳部を、信長の前へ運んで来る。
信長は、箸を取って、
「明ければ、今日は五月の十九日であったな」
「左様でござりまする」
「十九日の朝飯は、信長が天下第一に早く喰べたであろうな。美味い。もう一碗」
「たくさんにお代え遊ばしませ」
「膳に添えた三宝の上にあるは何じゃ」
「昆布。勝栗。……ほんの形ばかりに」
「おう。よう気がついた」
信長は、快く湯漬を喰べ終ってから、その勝栗を二つ三つ掌に移して、ぼりぼり喰べ、
「馳走であった。……さい。あの小鼓をこれへよこせ」
鳴海潟とよぶ信長が秘蔵の小鼓であった。さいの手からそれを取ると、信長はそれを肩に当てて、二つ三つ手馴しに打って見て、
「鳴るわ。四更のせいか、常よりもいちだんと冴えて鳴る。……さい、儂が一さし舞おう程に、そなた、敦盛の一節をそれにて調べよ」