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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

三方ヶ原

「いざ、立たん」

と、浜松城を出た。

そして、天龍川の岸、神増村まで軍をすすめたが、甲州二万七千余の大軍が、各部に整粛な陣をはり、その陣地陣地が、信玄の中軍から車軸と車の歯のように、完全に統一されているのをながめて、

「ああ、さすがは」

と、家康も、丘に立って、しばらく拱手したまま、嘆称していたということである。

信玄の中軍には、はるかから眺めても、四語の旗が立っていた。近づけば、その文字も鮮やかに読めよう。敵も味方も知る有名な孫子の語がかいてあった。

其疾如風

其徐如林

侵掠如火

不動如山

うごかざること山のごとし――その文字のとおりに、幾日かを、信玄もうごかず、家康もうごかず、天龍川を挟んで対陣したまま冬も十一月にかかっていた。

三方ヶ原

家康に過ぎたるものが

ふたつあり

唐の頭に本多平八。

占領した一言坂のうえに、誰かがこんな落首を立てた。

勿論、武田方の中の者である。

陣地を捨てて敗走はしたが、負けぶりがいい――とは、後で勝ち誇った武田軍の衆評だった。

大久保忠世、内藤信成などの武者ぶりもよかったが、とりわけ本多平八郎の退きは見事――徳川家にもさむらいはいるぞと、歌ったのであろう。