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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

それへ向って、武田方は、上流から筏をぶつけ、櫓の脚を破壊する策に出た。

奇策は成功した。城兵はその日から水に困った。視野のかぎり流れる大河を前に、炊ぎの水にも困りだした。

十二月十九日の夜。

守将以下の城兵のすべては、力尽きて、闇のなかを退却して行った。

開城を知ると、信玄は、

「依田信守、そこにおれ。そして佐野、豊田、磐田の諸郡と、よく聯絡をたもち、敵の掛川、浜松方面の退路に備えよ」

と、いいつけた。

かれの布陣とその前進とは、名人の碁の一石一石を見るように慎重であった。

こうして着々と、まっ黒に、地を這う雲かのような甲軍二万七千余の兵は、押太鼓を天地にとどろかせながら、祝田、刑部、引佐川と迫って来た。

――そこから。

信玄の中軍は、井伊谷をこえ、三河の東部へ出ようとしていた。

二十一日の昼である。

鼻も耳も削がれるばかり寒い。弱い冬陽をかすめて、三方ヶ原の方面に、赤い土ほこりが舞っている。久しく雨がなかったので、空気は乾ききっている。

「井伊谷へ。井伊谷へ」

と、中軍の使番が、各部隊に信玄の令をつたえると、諸将のうちから異論がおこった。

「井伊谷へとあらば、浜松城をお取り囲みの御決意と思われるが、それで違算はあるまいか?」