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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
04 第四分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页
ゆうべの軍議までには、まだ異論も聞えたが、ここへ来ては、もう夢にも、退くなどという考えはなかった。
いつでも、跳びつけるような姿勢と、光る眼と、重厚にむすんだ唇とが、兜の眉びさしの下から、前方を睨めあっているだけであった。
陽がのぼる。陽がかげる。
草みな枯れ伏している高原のひろい空を、鳥影が一羽、しずかに横切ってゆく。
たまたま、その鳥影のようなものが、枯れ草を這ってまた、走り帰ってくる。――物見の兵である。
そういう偵察は、もちろん武田軍のほうにも行われていた。
今朝、野部を立った信玄の大兵は、天龍川をわたり大菩薩を経て、なおその行軍態勢をつづけながら、午下がりの頃、犀ヶ崖の前面へかかって来た。
「止まれ」
の令が全軍へとどいた。
信玄のそばへ、小山田信茂やその他の将が、もうすぐ前方にある敵軍の状況をもたらして集まっていた。
しばらく凝議していたが、信玄は一部隊を残してそれへの抑えとし、本軍以下の大部隊は、予定どおり三方ヶ原を横ぎって進軍をつづけた。
祝部の部落は近い。
行軍の先鋒は、もうそこにはいったかもしれない。何しろ、蜿蜒とつづく二万何千騎の中軍からでは、馬の背にのび上がっても、味方の最前列は見えなかった。