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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

天放無門

と、心から洩らした。

櫓に立ってながめ下ろすと、雪は小やみになったが、甲州の大軍は潮のように、はや城外の近くへまで迫っていた。――その先鋒隊の襲来であろう、城下の木戸から町屋へわたって焔々と焼き立てられていた。

天放無門

「ひさ野。ひさ野ッ」

本丸の広間に突ッ立つと、家康はこう大声で呼んだ。

まだ戦場にいるような声しか出ない。肺臓も声帯も、異常になったまま平常に返らないのである。

「はいッ」

ひさ野という侍女は、小走りに寄って、そこへ手をつかえた。

彼女のたもとの風に揺れた短檠が、家康の半顔に明滅していた。その頬に血しおが光っている。惨として、髪の毛がほつれている。

「櫛をもて」

どっかと坐る。

ひさ野に髪をあげさせながら、

「空腹だ。……湯漬を」

と、あとの用を命じる。

湯漬の膳や飯櫃が前へ運ばれてくると、すぐ箸をとりかけたが、その箸で、

「縁障子をみな開け放せ」

と、いった。

燭はゆれても、開けひろげたほうが、室内まで明るいほどな雪だった。縁には、武者たちが、ここかしこ黒々とかたまって休息していた。

湯漬を掻きこみながら、家康はそこのひとりへ、

「三五郎、怪我をしたか」