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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

海嘯の襲来をまえにしながら、何でみずから堤防の口を開けておけと命じるのか――人々には家康の気もちが分らなかった。

「いや、それまでには及ぶまいかと存じます。後から引揚げてくる味方には、その都度、門を開けて、入れてつかわせばすむことです。特にそのため御城門を、八文字に開いておかずとも――」

鳥居元忠が云いかけると、家康は笑って、彼の思いちがいを諭した。

「帰り遅れた味方のためではない。かならず勝ち誇って、これへ潮のごとく襲せ来るであろう甲州勢に対する備えだ。――ただ城門を開けおくばかりでなく、大手の門外五、六ヵ所に、煌々と、大篝を焚かせい。また城内には燎火を旺んに焼かせるがよい。――ただし防禦は厳に、部署は整然と、鳴りをしずめ、敵の懸りようを見まもっておれ」

この場合、何という放胆な対策だろう。諸将は余りにも剛愎な彼のことばに、遅疑をいだくまでもなく、はッと服命して、各※(二の字点、1-2-22)の持場へ駈け競った。

城門の鉄扉は、家康の胸のごとく、大きく開け放された。

まっ赤な篝が、濠の外から玄関まで、煌々と雪明りに燃えだした。

家康はそれを眺めながら、ふたたび本丸のほうへ歩を移していた。