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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

季節とすれば、狩には遅い。だが放鷹が目的ではない。君臣十騎ばかり徒士一隊をつれて、一日、山野を駈けあるいた。

帰途――

祝部の村落までかかると日が暮れた。村民は戸ごとに篝を焚いて領主の通路を照らした。そして軒端軒端の下にみな土下座していた。

「待て。前の者」

前駆の家臣をよびとめて、家康は駒を止めた。

道のかたわらに、一戸の旧家らしい軒が見える。夜目にも白髪のわかるほどな老婆が顔をあげていた。何か、粗相でもあったのかと、村の人々は眼をそばだてた。

「……何か?」

と、家臣たちも怪しんだ。見れば家康は鞍を降りて、そこの軒先へ歩み出していたからである。

「老婆。――そもじは今、わしのすがたを見て、嗚咽したであろう。にわかに泣きじゃくった声が、ふと、わしに聞えた。……なぜ泣いたか、わけを聞かせい」

近習の者があとから寄ってゆくと、家康は、腰をかがめて、せむしのように平伏している老婆へ、やさしく訊ねているのだった。

「…………」

老婆は顔をあげ得ない。いつまでも答えないのである。――で、家臣のひとりが、

「殿のおたずねじゃ。直々でも苦しゅうない。お答えせい」

と、注意した。