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にっき

日記

宮本 百合子

06 一九二〇年(大正九年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,923 字 · 46 页

青空文庫

五月二十九日

哲人よ、

私共の始めて、私共二人ぎりに成った夜が一年目に還って来た。Aは、私の頭を撫でながら、「自分は皆あらいざらいの自分の過去を貴方に話してきかせた。けれども、貴女の過去については、只断片的に知って居る許りで、まとまったことは知らない。勿論、自分の最も愛する者のことは何でも知りたい。然し知らなくっても真の愛には差異は起らないけれども。」と云った。貴方は、御自分の過去に誇りを持って居らっしゃる、然し、私はそうでない。我が愛する者よ、愛する者よ、私は貴方によって、自分の愧じる過去から救われると思ったのだ。又そう努力して居る。然し屡※(二の字点、1-2-22)、自分は、自分を生れた時から掴んで居る或弱点に負かされそうな瞬間を経験する。

「カラマゾフ兄弟」の中のカテリーナが、自らの憤りを愛して、ミチャを愛して居ると思うのは穿った心理である。彼女は、自らの憤りを愛するが故に、愛でミチャを征服しようとしたのだ。斯ういう場合のみでなく、人は自己の情慾を愛するが故に、その良人或は妻を愛すと詐称する時がある。

五月二十九日

自分は仕事が出来ないから、何処へか山にでも行くと云ったら、Aはひどく泣いた。