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こよみ
暦
壺井 栄
「新潮」1940(昭和15)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页
という実枝は少し腹を立てていた。そんなことに誰も気づくはずもなく、流れるように話ははずみ、重吉が煙草銭に困って菊煙草を吸っていたとか、いねが村の使い走りまで引受けて、夜中に隣り村まで行く時など、いつもつれだされていた高子は、首吊り松の所では母親の腰にしがみついて息をつめて通っていたとか、そのいねが病気になった時、重吉はいねを船にのせて高松まで灸をすえに行ったとか、そして、
「実際うちのお母さんほど働きすえたおなごはないのう、夜半に目がさめりゃまだ縫物、朝起きたらちゃんと御飯に湯気が出とる、いったいいつ眠りよったんじゃろと不思議に思た」
と、ミチが身ぶりで話すのについで、
「うちまたどんな貧乏しても御飯だけは何ぼ食べてもただじゃと思とった。そんな調子で十人に食べられたんじゃせになあ」とカヤノが笑う。クニ子もそういう話にちゃんと相槌を打って、生れながらの船乗りでない重吉がどうしても帆柱へ登れず、帆綱の取りかえには、子供の自分がいつでも腰をゆわかれて帆柱へ吊り上げられていたと語る。父親はともかく、達者で働いていた母親の姿をちっとも知らないのは自分だけだと思うと、実枝は人々のそれぞれの話題に耳を傾けながら、つうと涙が出てきた。