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こよみ

暦

壺井 栄

「新潮」1940(昭和15)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页

青空文庫

ふと目に入った的矢という地名に名状しがたいほどの感激で夢中になった。甚作どんが自分たちの祖父であるということも今日までは実感としてはぴったり胸に来なかったし、祖母の語る話も桃太郎や花咲爺と同じように物語の中の人物のように感じていた八重は、「ほんまのことじゃ、あれはほんまのことじゃ」と、教室の中で何べんも自分に念を押した。的矢は伊勢湾の入口の小さい入江にあった。そこで死んだというのに墓があるはずの日和山はなぜか少し離れた場所にある。甚作どんの乗った船が小豆島を出て伊勢まで行くには鳴門海峡を通るか、播磨灘から明石海峡を経て紀淡海峡をぬけ、紀伊半島をぐるりと回って伊勢まで行っていたにちがいない。八重の目の前を、昔あったという千石船が帆に風をはらんで太平洋を伊勢の海まで走っている姿がちらついた。八重は学校がすむと飛ぶように帰ってきたのであった。そしてひろげた地図の一ところを指し、嬉しい声でいう。

「おばあ、ほんまに伊勢の的矢があったぞ! ここじゃ、分ったか、これが伊勢湾でのう、これが的矢湾で!」

地図と祖母の顔をかわるがわるに見比べる。かやは作りかけの草履を置き、目を細めて八重の指す地図の上に顔を向けた。