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こよみ

暦

壺井 栄

「新潮」1940(昭和15)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页

青空文庫

六

やがて八重はアグリの生んだ子をつれて帰ってきた。月足らずで生れた赤ん坊は額に皺をよせ、泣声も大きくは出ないほどひ弱な女の子であった。花子と形式的につけたような名前も小さくしぼんだ赤ん坊にはふさわしくなく、顔色も蒼くしずんでいた。いねはひよこを育てるように大事に扱って、まだ何も分らぬ花子に、

「やれ、おばあさんはな、なかなか子育てと縁が切れんげないがや」

と、辛さと可愛さをいっしょにしていった。

いねは病体をむちうって、花子や実枝のためにも母としての座にどっかりと坐らねばならなかった。

六

いねは一日のうちに何べんも裏口を外に出て、家の上の段々畑の石垣にもたれかかっては沖を眺めた。静かな海面を出船入船の帆影が近づいたり遠のいたりする。だが来る日も、来る日もあのへりの一布だけふちを取ったように新しい帆布の日向丸は現れなかった。不安は日ごとにつのり、いろいろな妄想は一家を包んで実枝までがいっしょに目を見交すような毎日であった。阿波の撫養という土地へ醤油を積んでいった日向丸は予定の日数を五六日もすぎてもまだ帰ってこないのであった。高子が荷出主の醤油会社へ電話で聞き合せると、もう十日も前に荷受書が来たという。