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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

父は八郎兵衛といって、大垣の戸田家に仕え、六百石ばかりの侍大将であった。父は若いころ島原の乱に出て、かなりな手柄をたてたが、主君の戸田氏銕が亡くなってから、家中の折りあいが悪く、自分から身をひいて浪人した。――そのとき母はすでに死んだあとで、一家三人は江戸へ出て来たが、江戸へ来るとまもなく父も死んだ。母の墓は大垣の在にあり、父の遺骨はまだその家にある。いつか旅費と暇ができたら、父の遺骨を持っていって、大垣在にある母の墓へいっしょに埋めるつもりである。とおみやは話した。

兄の六郎兵衛は剣術が上手で、大垣でも評判だったし、江戸へ来てからも、諸方の道場へいって試合をしたが、負けたことは一度もない。しばしば道場から「師範になってくれ」とたのまれるが、六郎兵衛は承知しないのであった。

――自分の刀法は生活の手段ではない。

六郎兵衛はそう云うのである。主君に仕えて「いざ鎌倉」というばあい役立てるための刀法であって、食うために修業したのではない。六郎兵衛は頑固にそう云うのであった。

「あたしはじめのうちは兄の云うことを信用しなかったのよ」とおみやは云った、「でも三年まえにいちど、……そのときは深川のほうにいたんだけれど、兄が五人の侍と喧嘩をして、五人とも刀を抜いたのに、兄は刀を抜かないで、五人ともやっつけるのを見たわ、