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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

「こらえ性のない男だな、なにをそう喚くんだ」と七十郎が云った。十左が喚き返した。

「そのもとはなんだ、そのもとは伊達家でどんな身分の人間だ、どれだけの身分でおれにそういうことを云うんだ」

「おれはどんな身分でもない」と七十郎が云った、「おれは小野の館の厄介者だ、隠れもない、おれは伊東新左衛門の厄介者だ、そんなことは誰でも知っているさ」

「その厄介者がおれにそんな口をきくのか」

「そう怒るな、まあそう怒るな、おれはつまりこう云いたかったんだ」

甲斐は書きつづけていた。

――自分が重臣会議に出ないようにしているのは、一門宿老の確執反目にまきこまれたくないのと、これが要という大事をしっかり見ていたいためである。

たとえば七月十九日夜の、四人刺殺の件にしても、誰が命じたものかいまだにわからない。刺客は十人ないし十一人らしい、だが姓名のわかっているのは、渡辺金兵衛、渡辺七兵衛、そして小者の万右衛門、という三人だけである。かれらは「上意討である」と云ったそうでこれは明らかに僣称であるが、重臣会議では、結局この件はうやむやに終るらしい。理由は、刺殺された四人は殿さまに放蕩をすすめ、それがもとで御逼塞という大事にいたらしめた奸臣だから、というのである。