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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
「別宴のとき、――なんですかそれは」
「云わぬほうがよかろう」と甲斐は微笑した。
柴田外記はにがい顔をした。金山の帰属をどうすべきかについて、いま片倉と志摩とが重要な話しをしているのに、甲斐は益もないことを云い始め、どうやら話題をそらそうとするらしい。たしかに、その話しを避けようとするようすなので、外記はあからさまに、ふきげんな顔をした。また、当の七十郎も十左も、甲斐の口ぶりで、甲斐が話しを変えたがっている、ということを察した。
「云ってもらいましょう」と七十郎は甲斐を見た、「私が茂庭家でどうしました」
「七十郎が、涌谷さまに会うのだ、と云いはりましてね」と甲斐は鳥羽に云った、「彼は招かれてはいないんです、松山(茂庭周防)は御承知のとおりの気性だし、涌谷さまは規矩を紊さない方ですからね」
「それはいつの事ですの」と鳥羽が訊いた。
そう訊きながら、彼女は情をこめた眼つきで、甲斐をじっと見た。
「涌谷さまが帰国されるので、松山の家で別宴が設けられたときです」
「それでどうなりまして」
「私はとめたのですがね、七十郎はしゃれたことを云いました、じいさん、というのは涌谷さまのことですが、じいさんは格式や儀礼にはやかましいが、懐柔するぶんにはたやすい人です、というわけです」