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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
宇乃は思った。おじさまはお淋しい方なのだ。宇乃は甲斐の言葉をそのようにうけとった。自分に云ってくれた言葉とは思わず、甲斐が彼自身の心のなかを語ったのだというふうに。
「おじさま」と宇乃が云った、「宇乃はいつか、お国へつれていっていただけますのね」
「虎之助が八歳になったらね」
「宇乃はお国へつれていっていただきとうございますわ」
「二年たてばゆけるよ」
「坊もいっしょにか」と虎之助が云った。
甲斐は穏やかに笑った、「坊は重いな、これはずいぶん重いぞ」
「坊もいっしょにか」
「虎之助さん」と宇乃が云った。
甲斐は虎之助をおろした、「さあ、おじさんはもうゆかなければならない、また来るからな、坊、おとなしくしているんだぞ」
虎之助は黙っていた。甲斐は宇乃に云った。
「向うへつれておいで、また来るけれども、用があったら遠慮なく使いをよこすがいい、――ではあちらへおいで」
宇乃は弟の手をひいて、そこを去った。彼女はもっとそこにいたかった。甲斐のそばから離れずに、いつまでも彼と話していられればいいと思った。
まえにも、宇乃は甲斐を見たことがある。桜田の邸内で、いちどは着ながしのまま、一人で歩いていた。