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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
日本橋から雁屋信助と、その妻のきわがよばれて来た。男芸者が三人、唄や踊りをする若い女芸者が五人。みんなよくこの家へよばれて来る者たちで、賑やかな酒宴になった。
雁屋信助は四十二歳。肥えた、背丈の低い、精悍な躯つきだし、眉の太い、眼や口の大きな顔にも、商人というには逞しすぎる、重厚な、つらだましい、といったものが感じられた。甲斐もあまり口はきかないほうだが、信助も無口らしい。なにか怒ってでもいるような、むっとした表情で黙ってぐいぐいと飲んでいた。
律は甲斐と並んでいた。おくみと信助の妻のきわとが給仕に坐っており、律は苛立っていた。
なぜこんな賑やかな酒宴をはじめたのか、彼女にはまるでわからなかった。彼女は良人とふたりきりになるつもりでいた。ふたりだけで食事をし、ふたりだけで話したかった。それは良人にもわかっている筈だし、良人はふたりだけになるようにしてくれる筈であった。
――こんな酒宴はあまりお好きではなかったのに。
律は良人の注意をひこうとし、その眼をとらえようとした。けれども甲斐には通じないようであった。三味線も唄も、踊りも、軽口も面白くなかった。