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ししゃのしょ
死者の書
折口 信夫
「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页
乳母や、若人たちも、薄々は帳台の中で夜を久しく起きている、郎女の様子を感じ出して居た。でも、なぜそう夜深く溜め息ついたり、うなされたりするか、知る筈のない昔かたぎの女たちである。
やはり、郎女の魂があくがれ出て、心が空しくなって居るもの、と単純に考えて居る。ある女は、魂ごいの為に、山尋ねの咒術をして見たらどうだろう、と言った。
乳母は一口に言い消した。姫様、当麻に御安著なされた其夜、奈良の御館へ計わずに、私にした当麻真人の家人たちの山尋ねが、わるい結果を呼んだのだ。当麻語部とか謂った蠱物使いのような婆が、出しゃばっての差配が、こんな事を惹き起したのだ。
その節、山の峠の塚で起った不思議は、噂になって、この貴人一家の者にも、知れ渡って居た。あらぬ者の魂を呼び出して、郎女様におつけ申しあげたに違いない。もうもう、軽はずみな咒術は思いとまることにしよう。こうして、魂の游離れ出た処の近くにさえ居れば、やがては、元のお身になり戻り遊されることだろう。こんな風に考えて、乳母は唯、気長に気ながに、と女たちを諭し諭しした。こんな事をして居る中に、早一月も過ぎて、桜の後、暫らく寂しかった山に、躑躅が燃え立った。