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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

足も行かれぬ崖の上や、巌の腹などに、一群一群咲いて居るのが、奥山の春は今だ、となのって居るようである。

ある日は、山へ山へと、里の娘ばかりが上って行くのを見た。凡数十人の若い女が、何処で宿ったのか、其次の日、てんでに赤い山の花を髪にかざして、降りて来た。廬の庭から見あげた若女房の一人が、山の躑躅林が練って降るようだ、と声をあげた。

ぞよぞよと廬の前を通る時、皆頭をさげて行った。其中の二三人が、つくねんとして暮す若人たちの慰みに呼び入れられて、板屋の端へ来た。当麻の田居も、今は苗代時である。やがては田植えをする。其時は、見に出やしゃれ。こんな身でも、其時はずんと、おなごぶりが上るぞな、と笑う者もあった。

ここの田居の中で、植え初めの田は、腰折れ田と言うて、都までも聞えた物語りのある田じゃげな。

若人たちは、又例の蠱物姥の古語りであろう、とまぜ返す。ともあれ、こうして、山ごもりに上った娘だけに、今年の田の早処女が当ります。其しるしが此じゃ、と大事そうに、頭の躑躅に触れて見せた。

もっと変った話を聞かせぬかえと誘われて、身分に高下はあっても、同じ若い同士のこととて、色々な田舎咄をして行った。