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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

父は男壮には、横佩の大将と謂われる程、一ふりの大刀のさげ方にも、工夫を凝らさずには居られぬだて者であった。なみの人の竪にさげて佩く大刀を、横えて吊る佩き方を案出した人である。新しい奈良の都の住人は、まだそうした官吏としての、華奢な服装を趣向むまでに到って居なかった頃、姫の若い父は、近代の時世装に思いを凝して居た。その家に覲ねて来る古い留学生や、新来の帰化僧などに尋ねることも、張文成などの新作の物語りの類を、問題にするようなのとも、亦違うていた。

そうした闊達な、やまとごころの、赴くままにふるもうて居る間に、才優れた族人が、彼を乗り越して行くのに気がつかなかった。姫には叔父、彼――豊成には、さしつぎの弟、仲麻呂である。その父君も、今は筑紫に居る。尠くとも、姫などはそう信じて居た。家族の半以上は、太宰帥のはなばなしい生活の装いとして、連れられて行っていた。宮廷から賜る資人・仗も、大貴族の家の門地の高さを示すものとして、美々しく著飾らされて、皆任地へついて行った。そうして、奈良の家には、その年は亦とりわけ、寂しい若葉の夏が来た。

寂かな屋敷には、響く物音もない時が、多かった。