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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

此時分になって、寺では、人の動きが繁くなり出した。晨朝の勤めの間も、うとうとして居た僧たちは、爽やかな朝の眼をいて、食堂へ降りて行った。奴婢は、其々もち場持ち場の掃除を励む為に、ようべの雨に洗ったようになった、境内の沙地に出て来た。

そこにござるのは、どなたぞな。

岡の陰から、恐る恐る頭をさし出して問うた一人の寺奴は、あるべからざる事を見た様に、自分自身を咎めるような声をかけた。女人の身として、這入ることの出来ぬ結界を犯していたのだった。姫は答えよう、とはせなかった。又答えようとしても、こう言う時に使う語には、馴れて居ぬ人であった。

若し又、適当な語を知って居たにしたところで、今はそんな事に、考えを紊されては、ならぬ時だったのである。

姫は唯、山を見ていた。依然として山の底に、ある俤を観じ入っているのである。寺奴は、二言とは問いかけなかった。一晩のさすらいでやつれては居ても、服装から見てすぐ、どうした身分の人か位の判断は、つかぬ筈はなかった。又暫らくして、四五人の跫音が、びたびたと岡へ上って来た。年のいったのや、若い僧たちが、ばらばらと走って、塔のやらいの外まで来た。