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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

あらしいませんと云い、おわきは二つの徳利を盆にのせて、立っていった。

おりうには御家人くずれの浪人者が付いている。遠い江戸からこの山ぐにまで、はるばるおりうを追って来た。おりうのほうでも、嫌っているようなそぶりをしながら、心の中ではその浪人者が好きらしい。そういうわけなので、もし間違いがあるといけないから、あまりおりうちゃんを近よせないほうがいい、というのがおわきの話の要点であった。

「こんな噂が弘まってるんだな」と独りになって益村は呟いた、「――たぶん畠中もこういう噂を聞いたんだろう、これが初めてではないんだがな」

おりうがこのうちへ来て十カ月、それとなく益村に耳うちをした女中が、おわきのほかに二人いた。おりうさんてこわいような人だ、かげに男があっておりうさんを見張っている、「わるくすると闇討ちにあいますよ」と云った女中さえあった。

「岡野さえのときと同じだ」そう呟いた益村は、苦しげに顔をしかめ、眼をつむって、うなだれた、「――さえのときもこんなことが重なって、それであんなひどいことをしてしまった」

酒を持って来たのはおりうであった。彼女は浴衣にひっかけ帯で、洗い髪を手拭で巻いたままであった。