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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

十一

芳村は礼を云い、益村安宅を見て、あいた戸口へ一揖した、「どうぞ」

十一

「或る町かどへ来る、左側になにかの商家があり、窓の下に天水桶が積んである」と芳村が話していた、「右側にもなにかの商家があって、その店先で小僧が道を掃いている、――そのときふっと、それとそっくり同じことを、ずっとまえに見たことがあるなと思う、左右の店の構え、天水桶、道を掃いている小僧、そっくりそのままのけしきを、いつか慥かに見たことがあったと、――益村さんにそんな覚えはありませんか」

「残念ながら代々の家柄でね、そういう瞑想的にはたらく頭を持っていないんだ、銭勘定をする商人のように、いつも俗っぽくって現実的なんだ」安宅は湯呑の冷や酒を啜りながら、ちょっと眼を細めて云った、「そうさね、――若いじぶんに一度か二度、そんなことがあったかもしれないな」

「初めておりうに会ったとき、私は同じような気持を感じてどきっとしたものです」

火鉢には炭火がよくおこっていた。隣りの女房が火だねを持って来て、自分でおこしていったものだ。三十がらみのはきはきした、いかにも世帯持ちのよさそうな女房で、芳村が酒を持っているのを見ると、残りものでよければ摘む物を持って来ようかと云った。