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たきぐち
滝口
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页
少女たちは人を間違えていた。藩主の河内守正弘は背が低く、頭が大きく、色が黒くてげじげじ眉毛で、まったく男ぶりのあがらない人であった。益村は少女たちより先に、初入国の殿にめみえをし、賜盃の席にも出たからよく知っていた。少女たちが誤認したのは、のちに側用人になった郷田靱負なのである。だがもちろん、彼はそのことをさえに告げるようなことはしなかった。
――おれが十七、さえが十六、知りあってから二年めのことだったな、と彼は心の中でおもい返した。
さえの父は岡野久太夫といい、足軽組頭であった。益村の屋敷の裏が地境で、その向うは組長屋になってい、こっちから見ると、いちばん手前の端に岡野の家があった。安宅は一人息子であり、おじいさん子で、隠居した祖父がいつも側からはなさなかった。益村の広い庭は、なに流とかいう凝った造りで、別棟の数寄屋や茶室があり、先代の藩侯が幾たびか来て、そのたびに「おれの庭よりもはるかに立派だ」と、褒めるような咎めるような評をされた、と伝えられている。植込には珍らしい木が多く、むろん常雇いの庭師がいたが、木の手入れはもっぱら岡野久太夫がした。