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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

――いずれにしても、と安宅は思った。あの男がおりうにのぼせていることは慥かだろう、人を追って来て、おれの女だなどと云うのは決してありふれたことではない。

そして、闇討ちにあうかもしれない、と云った女中たちの囁きが、それほど誇張ではないかもしれない、と思いながら、いったいおりうのほうはどうなのかと考えてみた。

益村安宅は三日に一度ぐらいの割で「衣笠」へゆく。おりうが来るまでは月に一度か二度だったし、知人か友達といっしょでないときはなかった。けれども去年の十月におりうがあらわれてからは、でかけてゆく度数も多くなったし、いつも独りだけであった。このあいだに、しばしば芳村伊織のことを聞いたのであるが、安宅はまったく気にとめなかった。おりうのようすには、そんな男がいるような感じは塵ほどもないし、安宅の心をつかもうと、ひたむきになっている姿にはいじらしいほどの情熱がこもっていた。

「さえとはまるで反対だ」と安宅は独りで呟いた、「さえは少しも自分を語らず、黙ったままで尼になってしまった、おりうは自分の存在をはっきり主張し、男をひきつけるためにある限りのてくだを使う、欲しいものは必ず手に入れるだろうし、失敗しても決して尼になるようなことはないだろう」