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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

珂知川の中流は俗に「宇木野」といわれる広い平野で、この藩の主要な米産地になっているが、古くからしばしば川が氾濫して農地を荒した。三十数年まえに川普請をし、三つの水門と堤防を築いて、大きな災害はいちおうくいとめたが、それらも近年になって、改修につぐ改修に追われながら、三年続いて堤防が崩れ、もはや根本的に工事のやり直しをしなければならなくなり、去年の秋から、新らしい方法による川普請にかかっていた。――幕府でも治水には特例を認めるというから、こんどの願いもあながち拒絶されるとはきまっていないが、要求するだけの融資がどの程度まで確保できるか疑わしいし、承認を取るだけでも、よほどの忍耐力と巧みな説得技術が必要だろう。おれが留守役でなくってよかった、益村はそう思い、心の中で安堵の太息をついた。

「江戸のことを心配するより」と畠中は云っていた、「おれが帰って来るまで身を慎んでくれ、それともう一つ、杉原との縁談のはらをきめておいてくれ」

「身を慎めだって」

「だいぶ噂が弘まっているぞ」と云って畠中はすぐに調子を変え、また水面を指さした、「――あれをなんとかしろよ、浮子があんなふうに出たり引込んだりしていると、魚がくっているようでおちつかないじゃないか」