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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

彼はふところから銭入れを出し、小粒銀を一つ、つけ板の上に置いて老人に笑いかけた。

「こんどはじいさんの燗で飲むよ」

「そんな」と老人は小粒銀を見て眼をみはった、「お武家さん、そんな金につりはありませんぜ」

「燗の伝授料だ、つりはいらない」と安宅は云った、「あとの一本は馴染の者にやってくれ」

屋台店から出ると、雪は小降りになっていた。一町ほどゆくうちに林昌寺の鐘が鳴りだし、その音を数えて「十一時だな」と安宅は呟いた。「衣笠」の表は閉まっていた。彼は裏へまわりながら、地面から泥と雪を取って、顔や着物にこすりつけ、髪の毛を二三十本ばらっと顔へ垂らした。

「博奕だな」黒板塀の勝手口を叩きながら、安宅はそっと呟いた、「うまくゆけばいいが」

もちろん勝手の者はまだ寝てはいない、まもなく返辞が聞え、勝手口の油障子をあけて誰か出て来た。くぐり戸の向うへ来たのは男の声で、わかったよ、そう叩くな、みんなに聞えるじゃねえか、と云った。

「益村安宅だ」と彼はひそめた声にちからを入れて云った、「ちょっとおりうを呼んでくれ」

「益村の旦那ですか」相手は吃驚したらしい、いそいでくぐり戸をあけながら弁解した、「まさか旦那だとは気がつかなかったもので」