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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

敵の陣営もしずかであった。

その時幽かではあったけれど、竹法螺の音が聞こえて来た。

「それ!」

と源兵衛は声をかけた。

「彼ら攻勢に出たようでござるぞ! 折敷きなされ折敷きなされ!」

紀州藩士たちは地に折敷き、息を呑んで待ちかまえた。

が、敵は寄せては来なかった。

静かさが一層しずかになった。

「変でござるな」

と源兵衛が云った。

「変でござる」

と小平が答えた。

「ひょっと致すと敵の奴ばら、退散したのではござらぬかな」

「逃がしては一大事じゃ」

「追い討ちをかけようではござらぬか」

「さようさ。……ともかくも鬨を作ってみましょう」

ドッと一斉に鬨の声をあげた。

と、そのとたんに篝火が一つ、敵の陣営の一所に見えた。

「やア篝火だ!」

また篝火が一つついた。

「やア篝火が二つになった」

三つ、四つ、五つ、六つと、篝火は数を増して行った。

紀州藩士たちは息をのみ、多少恐怖に襲われて、しずまり返って動かなかった。

どうしたのか敵の陣営からも、物音一つ聞こえて来なかった。

時がだんだん経って行く。

いつまでも敵はしずかであった。

また紀州藩士たちは、不安を感ぜざるを得なかった。