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ねこののみとりぶし
猫の蚤とり武士
国枝 史郎
「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页
それからまたもこう叫んで、裏町を武士は歩いて行った。
さわやかな仲夏の季節であった。生け垣の裾には紫苑だの松虫草だのが、しっとりと露をあびて咲き、百日紅の薄紅い花弁などが、どこからともなく散って来た。風鈴を鳴らしている家などもあった。
そこを武士は歩いて行く。
でもやがて月が出て、そうして地上には靄が立って、大江戸が夜にはいった時には、どこへ行ったものか蚤とり武士の姿は、もうどこにも見られなかった。
入谷田圃も月夜であった。
遠くには廓の燈火が見え、近くでは虫がすだいていた。
畷道を人影が通って行く。
※(歌記号、1-3-28)様と逢うならのう
夜道かけて百里
唄声がそこから流れて来た。
でも人影は農家の蔭へかくれ、もう唄声も聞こえなくなった。
と、またもポッツリと、一つの人影が畷道に現われて廓の方へ歩いて行った。
それは蚤とり武士であった。
畷道から外れた一所に、寮めいた家が立っていて、浅く木立に囲まれていたが、その近くまでやって来た時、けたたましい数人の喚声が起こり、一人の男が矢のような速さで、畷道の方へ走って来、十数人の武士がその後から、猛犬のように追って来た。