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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

02 中巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页

青空文庫

実際そう云う目に遭った経験のある人でなければ分らないが、当時は、女史も、妙子も、弘少年も、後から考えると滑稽な程、ひどい恐怖症に取り憑かれていて、眼前に空の晴れるのを見、水の退いて行くのを見つつ、なお身の安全を信じ切れず、容易に体じゅうの戦慄が止まらないと云った風であった。現に妙子は、旦那さんや御寮人様が心配しておいでなさるでしょうから、早くお宅へお帰りにならなければいけますまい、僕がお送りして行きますと、板倉にも促され、自分でもそう心付きながら、屋根の下に直ぐつづいている地面の上へ、―――軒まで届いているのだから訳なく降りられる土砂の上へ、―――何かそこにも危難が待ち構えているように思えて、ちょっとは降りて行く勇気がなかった。それに玉置女史も、妙子さんと板倉さんが行ってしまったら、自分たちはどうしたらよかろう、今に主人が駈け付けてくれるだろうけれども、こうしているうちに日が暮れたら、今夜はこの屋根の上で夜を明かさなければならないのだろうか、などと心細そうなことを云ったりするので、弘少年や兼やまでが、まあもう少しいてくれるようにと、頻りに板倉にせがんでいるところへ、貞之助が現れたと云う訳であった。