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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
02 中巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页
十二
「お春どん、何やねん」
「蜂に追いかけられてはるねん」
「うえッ、何と云う派手な………」
そう云っている板倉の鼻先を、五人が一とかたまりになって駈け足の練習でもしているように握り拳を両腋に附けながら走って通った。
「今日は。―――えらいこッてすなあ」
「蜂や、蜂や、板倉さん、早よ掴まえて、―――」
幸子が金切り声を挙げながらも休まずに駈けて行った。皆口を開いて歯を露わし、眼を光らして、笑っているように見えながら、へんに真剣な、引攣った顔をしていた。板倉は直ぐに海水帽を脱いで、それで蜂をパタパタ扇ぎ出しながら、応接間から庭へ追い払った。
「ああ驚いた、何と云う執拗い蜂やろ」
「阿呆らしい、蜂の方が驚いてまっせ」
「そうかて、笑いごとやあれへん、さっきはほんまに恐かったわ」
雪子がまだ息をはあはあ弾ませて、青ざめた顔に無理に笑いを浮かべながら云った。彼女の脚気の心臓がドキドキ動悸を打っているのが、ジョウゼットの服の上から透いて見えた。
十二
山村のおさく師匠の腎臓病が悪くなって近所の病院へ入院したと云う端書が、弟子の一人から妙子宛に届いたのは八月に這入って間もなくであった。