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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

02 中巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页

青空文庫

二十三

「おい、来月は六代目が大阪へ来るで」

と、そう云って、五日目あたりに行こうではないか、今度は鏡獅子が出るそうだから、こいさんも来られないか知らん、などと云ったが、妙子は来月も上旬は殊に忙しいから、自分は別の日に行くと云うことだったので、その日夫婦は悦子を連れて三人で出かけた。幸子は九月に東京で見られなかった不満を充たし、且は悦子にも菊五郎の所作事を見せてやりたいと思っていた願いを果たしたことであったが、その夜、鏡獅子の後の幕間に、彼女が廊下へ立って行って不意に涙を落したのを、悦子は気が付かなかったけれども貞之助が見咎めた。そして、何事にも感激性の強い妻ではあるが、それにしても変だと思ったので、

「どうしたんや、………」

と、そっと隅の方へ引っ張って行って尋ねると、又つづけざまにはらはらと落して、

「あんた、もう忘れてなさる?………あれは三月の今日やってんわ。あんなことがあれへなんだら、今月がちょうど十月やのんに、………」

と、そう云って、膨らんで来る涙の玉を払うために指の先で睫毛を摘んだ。

二十三

妙子は玉置女史の出発が正月だと云うのに、もう十一月の上旬も過ぎてしまうので気が気でなく、貞之助兄さんはいつ東京へ行かはるやろうと、それとなく幸子に尋ねたりしたが、生憎貞之助は、大概二た月に一度ぐらいは上京の用事が出来るのだ