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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

02 中巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页

青空文庫

帝国ホテルに二三泊したことがあるに過ぎない。と、そう思ってみると、悦子が生れてからの九年間と云うものは、全然東京を見ていないのであった。彼女はさっき、悦子やペータアのことを冷やかしたけれども、実は彼女自身、列車が新橋駅を出て東京駅に至る間に、高架線の両側に聳える高層建築の景観を目睹した時は、久し振に帝都の威容と云うようなものに接した気がして、多少の興奮を覚えないでもなかった。大阪も近頃は御堂筋などが拡張されて、中之嶋から船場方面に近代的建築が続々そそり立つようになり、朝日ビルの十階、アラスカの食堂あたりから俯瞰すると、流石に壮観であるけれども、何と云っても東京には及ばない。幸子はこの前、復興後まだ日の浅い帝都を見たのが最後であって、それからの発展の様相を心に描いていなかったのであるが、その高架線の上からの眺めは、彼女の知っている東京とは違ったもののように見えた。彼女は、列車の窓が次々に送り迎える巍然たる街衢、その街衢と街衢との切れ目毎にちらつく議事堂の尖塔を遠望すると、今更に九年の歳月と云うものの長さ、―――その間には帝都の変貌のみならず、自分や自分の身の周りにもさまざまな推移のあったことが回顧された。