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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

02 中巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页

青空文庫

悦子は出帆の当日、母と妙子に連れられて花束を持って埠頭へ行ったが、船の出るのが夜の七時過ぎだったので、子供達の見送りは割に少く、ローゼマリーの友達では独逸側にたった一人インゲと云う少女、―――悦子もシュトルツ家のお茶の会でたびたび一座したことがあって、蔭で「隠元豆々々々」と云っていた児、―――が見えた外に、日本人では悦子が来ただけであった。シュトルツ家の一行は昼間のうちに乗り込んでいたので、悦子達は夕飯を早めに済まして出かけ、阪神の三宮からタキシーを飛ばしたのであったが、税関の前を通り過ぎると、忽ちイルミネーションを附けたプレシデント・クーリッジ号の姿が不夜城の如く埠頭に聳えているのが見えた。彼女達は直ぐシュトルツ夫人の船室を尋ねあてた。部屋は壁も、天井も、窓掛も、寝台も、一様に乳白色がかった緑色をしてい、寝室は数々の花束で埋まっていて眼の覚めるような明るさであった。夫人がローゼマリーを呼んで、エツコさんに船の中を見せてお上げなさいと命じたので、ローゼマリーは彼方此方を案内して歩いたが、悦子はもうあと十四五分しかないと思うと気が気でなく、ただ素晴らしく贅沢な船であったことと、何度も階段を上ったり下りたりしたことぐらいしか覚えていない。