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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

02 中巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页

青空文庫

それでも時々表の障子を開けては満員の店内をジロジロ見渡して、何とか都合して貰えないだろうかと懇願する―――哀願さえもする―――客が絶えないが、この店の親爺もよくある鮨屋の親爺の型で、無愛想を売り物にしており、常連のお客でも予め申込を聞いていない限り、這入れるかどうか見たら分るだろうと云う顔をして、突慳貪に断ってしまう。そんな風だから、振りのお客は余程間拍子のよい時でなければ入れて貰えない。常連の、ちゃんと電話で申し込んであるお客でも、時間が十五分か二十分おくれると断られたり、一時間ばかりその辺を散歩して来てくれ、などと云われる。もとこの親爺は、今はなくなったが明治時代に有名であった東京両国の与兵衛で修業した男なので、「与兵」と云う名はそれに因んだのだそうであるが、鮨そのものは昔の両国の与兵衛鮨とは趣を異にしていた。それと云うのが、親爺は東京で修業したものの、生れは神戸の人間なので、握り鮨ではあるけれども、彼の握るのは上方趣味の頗る顕著なものであった。たとえば酢は東京流の黄色いのを使わないで、白いのを使った。醤油も、東京人は決して使わない関西の溜を使い、蝦、烏賊、鮑等の鮨には食塩を振りかけて食べるようにすすめた。