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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
02 中巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页
が、就中、幸子のと胸を衝いたものは、甲南アパートの前の屍骸云々の件であった。なぜと云って、妙子の行っている洋裁学院は、ちょうど国道を間に挟んで、そのアパートの向い側を北へ半丁程這入った辺にあるのであった。そして、そのアパートの前にそんなに多くの屍骸が流れ着いていると云うことは、その真北にあたる野寄方面に死者が沢山あることを物語っているからであった。幸子のこの忌まわしい推測は、今しがた悦子と一緒に戻って来たお春の報告に依って一段と確実性を帯びるに至った。お春は矢張幸子と同じ思いであったので、会う人毎に野寄方面の被害状況を聞いてみたのであるが、誰の云うところも、住吉川の東岸ではあの辺が一番ひどくやられているらしいと云うことに一致してい、他の方面は既に著しく減水し始めたけれども、あの方面だけは未だに減水の兆候がなく、所に依っては丈余の深さに達している、と云うのであった。
幸子は夫が無謀な行動をするような性質でないことを信じてもいたし、出かける時に冒険はしないと云っていた言葉もあるしするので、夫については格別心配もしていなかったのであるが、時刻が移るにつれて、妙子ばかりでなく夫のことも気遣われて来た。