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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
02 中巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页
八
「板倉に?―――」
幸子は三人のうしろを見たが、………板倉はそこらにはいなかった。
「ま、バケツに水でも持って来てくれ。………」
貞之助は全身泥まみれになって、靴をどうしてしまったのか、素足に下駄を突っかけていたが、その下駄も、足も、脛も、泥で一と色に塗り潰されていた。
八
妙子の遭難の顛末については、その夜当人と貞之助とが交幸子に語ったことであったが、今そのあらましを記すと次のような訳であった。
その朝、悦子を学校へ送って行ったお春が帰宅してから程なく、八時四十五分頃に妙子は家を出て、いつものように国道の津知の停留所からバスに乗った。まだその時刻には、非常な豪雨であったけれどもバスは運転していたので、彼女は平常通り甲南女学校前で下り、そこからほんの一と跨ぎの所にある洋裁学院の門をくぐったのは、九時頃であった。が、学院と云っても、のんきな塾のようなものであったし、何しろそう云う悪天候のことではあり、水が出そうだなどと云って騒いでいる場合であったから、欠席者が多く、出て来た者も落ち着かない有様なので、今日はお休みにしましょうと云うことになり、みんな帰ってしまったが、彼女だけは、妙子さん、珈琲を飲んで行かない、と、玉置女史にすすめられて、別棟になっている女史の住宅の方で暫く話していた。